再生医療とマイクロRNA

再生医療と品質管理

 幹細胞やiPS細胞などを使用した再生医療関連製品は、人の生命に直接影響を与える可能性があるため、再生医療開発においては、製造した細胞や組織の製品品質の確保、製造工程の恒常性の担保、リスク管理、安全性の確保のため、以下の品質管理基準が極めて重要となります。

  1. GMP(Good Manufacturing Practice):
    1. 製造プロセス中の人為的ミスを最小限に抑え、汚染や品質低下を防ぐための基準。
    2. 製品の安全性を確保するために適用されます。
  2. QMS(Quality Management System):
    1. 製品の品質を管理し維持するためのシステム。
    2. 品質管理の一貫性を保つために重要です。
  3. GCTP(Good Gene, Cellular and Tissue-based Products Manufacturing Practice):
    1. 再生医療等製品の無菌性の確保や製造方法のバリデーションなど、製造管理及び品質管理を定めた基準。
    2. 製品の信頼性と透明性を高め、再生医療の発展を支えます。

 つまり、品質管理基準を遵守することで、製品の品質と安全性が確保され、患者さんにとって最善の治療が提供されることにつながります。また、品質管理基準は再生医療の信頼性と透明性を高め、その発展を支える重要な要素となります。
 開発者はこれらの基準に従って、再生医療製品を適切に設計し、規制当局からの承認を得るためのプロセスを理解することが重要です。詳細な情報は、国際幹細胞普及機構1)や、医薬品医療機器総合機構(PMDA)2)のウェブサイト確認することができます。

 ただし、再生医療製品はヒトの細胞という複雑かつ不均一な集団を扱うため、通常の医薬品とは異なる特性を持ちます。そのため従来の品質管理方法を適用することが難しいため、近年では細胞製造工程の品質管理コンセプトにQbD(Quality by Design)という考え方をとりいれることによりリスクを制御しようという考えが広がっています4)。QbDはデザインによる品質確保を意味し、リスクベースおよび科学ベースに基づくプロセスの継続的な改善を目指し、欠陥率の低下や品質コストの低減を目的とする方法で、このQbDの考え方を取り入れることで、再現性の高い製品製造を加速化できると考えられています。ただし、QbDのアプローチの中でも、細胞の重要品質特性(CQA:Critical Quality Attribute)を特定し、工程をモニタリングする必要があります。このCQAとしてバイオマーカーが使用されます。

バイオマーカーと品質管理

 バイオマーカーは、生物学的過程、病理学的過程、または治療的介入に対する薬理学的応答の指標として、客観的に測定され評価される特性を指します。
 一般的なバイオマーカーには、以下のものが含まれます。

  1. 生体由来のデータ:
    • 血圧や心拍数などの生体データ。
    • 血液検査の結果(たんぱく質量など)。
  2. イメージングバイオマーカー:
    • CTやMRI検査結果などの画像情報。
  3. 分子バイオマーカー:
    • 血液中の特定の物質など。
  4. 腫瘍マーカー:
    • がんの進行に伴い増加する特定の物質。

 再生医療製品の品質管理においては、これらのバイオマーカーをCQAとして活用し、製品となる細胞や組織の品質特性を評価し、維持することが重要です。特に、再生医療製品の開発においては、 CQAとしてバイオマーカーを用いることで、より効果的で安全な開発が可能となり、医療の質の向上に貢献すると考えられます。
 ただし、バイオマーカーの開発と利用には、バリデーション(目的適合性という意味で検査方法とその測定性能を評価するプロセス)の問題がつきまとうことがあり、バリデーションの過程で、感度、特異性、再現性などの評価属性を考慮する必要があります。
 バイオマーカーの中でも、特に遺伝子のバイオマーカーは高度な情報が得られ、その中でも最近ではマイクロRNAという分子が注目されています。マイクロRNA(miRNA)は、非コーディングRNAの一種で、約20-25ヌクレオチドの小さな断片の分子です。これらのmiRNAは、タンパク質の合成を制御し、細胞の機能と活動を調節するため様々な生命現象に関与しています。また、miRNAは細胞の分化や発生に重要な役割を果たし、特定の細胞種の特性を持つように幹細胞を誘導する能力を持っています。そのため、再生医療における細胞の開発において重要な役割を果たしています。
 以上のように、マイクロRNAは再生医療の進展に大きく寄与することが期待されている重要なバイオマーカーです。

培養上清中マイクロRNAによる細胞品質管理

 マイクロRNA(miRNA)は、細胞の分化状態に応じて発現する種類が変化し、EVなどの小胞により細胞外に放出されることがあります。このため、培養液(培養上清)中に存在するmiRNAを同定して検出することによって、細胞の状態を把握し、品質管理することが可能であり、細胞医療の製造工程における CQAとして活用できる可能性が示唆されています。
 例えば、慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)の研究グループは、ヒト人工多能性幹(iPS)細胞から移植用の心筋細胞を作製する工程で、培養上清中に分泌される様々な種類のmiRNAを検出するモニタリング手法を開発しました。1)。この研究では、特定のmiRNAの検出によって、分化後や移植後に腫瘍化(がん化)する可能性がある未分化幹細胞が混入しているかどうかが判断できることを示しています。この研究結果は、様々な幹細胞の治療、研究に応用でき、マイクロRNAを使用して治療用の細胞の品質管理が可能であることを示唆しています。
 また、3D-Geneを使用して、性状の異なる角膜細胞の培養上清中のmiRNAを網羅解析し、角膜内皮細胞の品質(性能)管理にmiR-378 familyが有用であることを示している論文も公開されています。2)