体液中マイクロRNA測定の現在と今後の展望

2014 年に開始された体液中マイクロRNA 測定技術基盤開発プロジェクトは、13 種類のがんと認知症の早期発見マーカーを見出し、低侵襲で高感度なマルチマーカーによる次世代の診断システム技術を世界に先駆けて開発することを目指し、国立がん研究センターを中核として、国立長寿医療研究センターや国内の企業、大学など17 施設が参加する大規模プロジェクトである。体液中のマイクロRNA(miRNA)の大規模解析には東レ株式会社が開発した高感度マイクロアレイシステムである3D-Gene®が用いられ、マーカーの探索と実用化のための技術開発が進められている。
そこで、当プロジェクトの中核施設である国立がん研究センター研究所の落谷孝広先生、松崎潤太郎先生に体液中miRNA 測定技術の開発、プロジェクトの意義と今後の展望などについてお話しいただいた。

国立研究開発法人国立がん研究センター研究所
体液中マイクロRNA測定技術基盤
開発プロジェクト
プロジェクトリーダー

落谷孝広

国立研究開発法人国立がん研究センター研究所
分子細胞治療研究分野

松崎潤太郎

聞き手:近藤哲司 東レ株式会社新事業開発部門 主任部員

体液中マイクロRNA 測定技術の開発

体液中マイクロRNA(miRNA)測定技術の開発が端緒についたのは2008 年前後だったでしょうか。

落谷 そうですね、われわれが血液中miRNAによりがんの診断が可能であることを示唆する知見を論文化したのが2008 年でした。

当時われわれも、3D-Gene® の開発を進めていましたが、実用化の方向性については確立していませんでした。そこで落谷先生にご相談したところ、血漿や血清中のmiRNA ががんの診断マーカーになる可能性を示唆いただきました。

落谷 miRNAの発見は2001年といわれていますが、当研究室では、siRNA(small interfering RNA)によ るRNA(I RNA interference)誘導により腫瘍細胞で働く遺伝子のノックダウンの研究を続けるうちに、2004 年ごろからmiRNA研究に軸足を置くことにしました。しかし、短期間のうちに全世界でがん種ごとにmiRNAのプロファイルに相違があることが明らかになりました。

かなり早い時期からmiRNAに注目され、研究を始められていたのですね。

落谷 海外の情報をいち早く知らせてもらえる環境にありましたし、われわれとしてもがんを理解する新たな研究対象としてmiRNAが手に入ったということです。miRNAは腫瘍細胞内ばかりでなく血液内にも存在することに早期に注目し、診断という意味で低侵襲な血液中のmiRNAの研究を始めました、ただし血液中のmiRNAはもともと存在量が少なく、また当時は抽出方法も定まっていなかったため、血液中のmiRNAを感度・再現性ともに高く検出できる測定方法が必要だと考えていました。そのような時に3D-Gene®と出会い、われわれの蓄積した知見と東レの培った技術を融合して血液中のmiRNAを検出する技術の開発・評価を進めることにより、この技術であれば高品質なデータを取得して、血液中のmiRNAの微小な変化をとらえることが可能であり、早期がんマーカー候補を取得できると確信を持てたからでこそ、その後のプロジェクトを自信をもって進めることができました。

体液中マイクロRNA 測定技術基盤開発プロジェクトの展開

体液中マイクロRNA 測定技術基盤開発プロジェクト(図1)は2014 年に開始されましたが、わが国が保有するバイオバンクと国産技術である3D-Gene®とを利用するという点で大きな意義があると思います。この点についてはいかがでしょう。

落谷 世界を見渡すと、米国を始めとして解析に次世代シーケンサー(NGS)を使用することが多いのですが、われわれは日本発のテクノロジーとして、世界に誇れる3D-Gene®(図2)を前面に掲げて世界に挑戦し、バイオバンクの利用により世界に先駆けて多検体を解析するという第一歩を踏み出したため、米国NIHからも複数回の視察を受けるなど、注目されるようになっています。また、バイオバンクの協力もさることながら、日々の臨床で多忙な各診療科の先生方に協力いただいたことも大きいですね。

図1.プロジェクトの概要

図2.3D-Gene®の特長

松崎先生、今後この成果をどのように役立てるかについてお話しいただけますか。

松崎 血液中のマーカーで早期がんを診断するための標的探しは今世界中で行われていますが、中でもmiRNA はがんの部位診断において強みがあると考えています。がんの発生や生存へのmiRNAやそれを含むエクソソームの関与に気付いた研究者は少なくなかったでしょうが(図3)、この4 年間で仮説を実証し、それを統合してがんの早期診断の可能性に結び付けたという点が大きいですね。

落谷 最初に乳がん早期診断の可能性が示された時に私が最も知りたかったことは、マーカー候補のmiRNAが本当に腫瘍細胞由来のものかどうかということでした。幸いにして、多くのmiRNA が腫瘍細胞由来でした。さらに、さらに乳がん細胞の細胞株のエクソソームのmiRNAプロファイルを解析し、われわれの仮説が大筋で間違っていなかったことを確認しています。

腫瘍細胞はmiRNAをエクソソームに内包させて分泌することで、何らかのメッセージを周囲に発信し、がんとして生き延びるための環境を整えているのだろうと予想しています。その際にmiRNA が血液中に漏出してくるので(図4)、それを微少な段階で見つけることががんの早期発見に寄与するということになります。

図3.miRNAの機序の説明

図4.体液中のmiRNAの説明

3D-Gene®を用いた研究の意義

miRNAの解析手法には、3D-Gene® だけでなく、NGSやPCR 法もあります(図5)。われわれの経験では、3D-Gene®で検出できるmiRNAの種類は多く、3D-Gene®のみで検出されるmiRNAもあるという印象です。この点についてご意見をお聞かせください。

松崎 おっしゃるように、検出できるmiRNAの種類は3D-Gene®が圧倒的に多いですね。PCR法ではプローブが設計できない、そもそも測定の手立てがないというmiRNA が存在します。NGS(Nex tgeneration sequencer)では、今回のプロジェクトで用いた300μLという血清量では感度が低下します。少量の検体で幅広いmiRNAをプロファイリングするという点で、3D-Gene®が非常に有用であったという印象です。

一方、多くの研究者からの疑問は、3D-Gene®で同定されたmiRNAは他の方法でバリデーションが困難だというものです。それは3D-Gene®でなければ検出できないmiRNAが相当数あるということと表裏一体の関係にあるともいえます。これに関しては他の方法でバリデーションが困難であるからといって、3D-Gene®によって得られた結果が誤っているということにはつながらないと考えられます。

落谷 ジャーナルの査読ではPCR法でバリデーションが取れるのかと質問されます。このように、一般的にはPCR法が絶対であると考える傾向がありますが、松崎先生がおっしゃった点を理解していただければ、他の方法でバリデーションが取れなくてもそれほど大きな問題にはならないと考えています。

松崎 つい最近、血液中のmiRNAはデータベース(miRBase)に記載されている通りの完全長・完全一致配列で存在するとは限らないことが明らかになりつつあります。例えば、血液中には完全長の配列に対して末端から数塩基増加したり数塩基減少したmiRNAが数多く存在するのですが、3D-Gene®のようなマイクロアレイのシステムであればハイブリダイゼーションにより検出されるため、これらの不完全な配列も検出することが可能です。一方、PCR法はプライマーの設計上、1塩基異なっていても感度がかなり落ちてしまいます。PCR法で解析可能なmiRNAでもマイクロアレイとPCRでシグナル値が必ずしも相関しないのはそのような理由によるものだと推測できます(図6)。

最近、20検体の3D-Gene®とNGSのデータを比較してみましたが、NGSの完全長の配列データだけでは3D-Gene®と必ずしも相関しませんでした。しかしながら、miRBaseの配列プラスマイナス2 塩基の幅を持たせてリード数をカウントして比較すると、その結果は3D-Gene®と相関しました。

図5.DNAマイクロアレイ、NGS、PCRの測定原

図6.miRNAのバリアントと測定の関係

もしかしたら、細胞内と細胞外の間にバリアントのようなものがあるのかも知れないですね。われわれも細胞内では各検出法間の相関が得られやすいという印象ですが、細胞外に漏出した体液中のmiRNAに関しても完全長の配列だけで考えてしまっていたので、なかなか相関が確認できませんでした。しかし、今、松崎先生がおっしゃった考え方をすれば納得できるように思います。

落谷 3D-Gene®のシステムは、データベースに登録されている約2,600 種のmiRNA がすべて測定することができる唯一の国産のシステムなので、ぜひ多くの方に使っていただきたいのですが、以上のような測定システム毎の状況を研究者の先生方にもよく理解いただいたうえで、論文化していただくことが必要ですね。

また、松崎先生がおっしゃるように、細胞内と細胞外のmiRNAの状態は単純にisomiRなどと考えてしまわない方が良いですね。例えば、末端に塩基が付加されているということには、実は何か意味があるのではないかと考えています。それがエクソソームにトランスファーされる際に起こるのか、あるいは分泌されて細胞に取り込まれる際に付加されている配列が何かの意味を持っているものなのかなどについては、まだまだ十分な理解が得られておらず、新たな疑問も湧いてきます。これらが何かの本質を示しているかも知れないので、その変化が読み取れる3D-Gene®が利用できることの意義は大きいのです。

医療と研究の将来展望

3D-Gene®はがんや認知症の早期発見に利用できると考えられますが、今後このような技術を用いてどのような研究の展開が期待されるかについてお聞かせください。

落谷 まず全体の展望についてですが、日本は高齢化が加速しているため、がんと認知症を早い段階で発見することが期待されています。これら疾患の早期発見の可能性は既に今回のプロジェクトで示唆されていますが、今後は、これら2 疾患以外の疾患でもmiRNAによる早期発見の可能性を探求することが望まれます。そのような研究にも3D-Gene®は応用できるでしょう。

また、研究成果を社会に還元する第一歩としてmiRNAの診断が現場でどれだけの性能を示すのかというデータを取り、検証を進める必要があります。健診センターや人間ドックで3D-Gene®を用いた解析を進め、検証・改善を重ねることで、早期発見できる可能性が高まります。また、成果を如何に正しい形で国民の皆さんが受け入れていただけるような検診に育て上げるかということがこれからの課題です。得られた成果が正しく国民の皆さんに行き渡るように、われわれは努力を続けて行きたいと考えています。

*isomiR:miRNAの中で、生成・成熟する過程で修飾を受け、ゲノムにコードされた塩基配列とは異なる配列の総称